11.アラビア湾南岸の白亜系炭酸塩プラットフォーム堆積物に記録された地球環境変動の解読と貯留岩地質的研究
Chemostratigraphy of Cretaceous carbonates in the southern Arabian Gulf region
石油・天然ガスを胚胎する炭酸塩岩
炭酸塩岩は石油・天然ガスを地下で胚胎する貯留岩として重要です.日本は原油調達の8割以上を中東地域からの輸入に頼っていますが,同地域の油田の多くは炭酸塩岩を貯留岩としています.アラビア湾南岸に位置するアラブ首長国連邦(UAE)には日本の石油会社がその開発に直接携わる「自主開発油田」が多く存在します.これらの油田群を形成している白亜系炭酸塩プラットフォームの形成史や石油システムの成立を理解することは,本地域の石油資源に深く依存している我々にとって極めて重要であるといえます.
アラブ首長国連邦アブダビに分布する油田群(Morad et al., 2010を改変)
地下深部の油田貯留岩は限られたコア試料でしか見ることが出来ませんが,貯留岩の相当層はUAE北東部~オマーン北部の山岳地帯に広く露出しており,岩相の側方変化や地層の3次元的な広がりを直接観察することができます(山本ほか,2014).これまでアラビア湾南岸地域では,地下の油田貯留岩と陸上の貯留岩相当層の層序や対比,堆積史の復元とグローバルな地球環境変動との関連に関して精力的な研究が行われてきました.
← オマーン北部に位置する同国最高峰の山(標高3,009m),ジャベル・シャムスの断崖に露出する白亜系油田貯留岩相当層の大露頭
↓ アラビア湾南岸地域における白亜系炭酸塩プラットフォーム堆積物の模式層序(van Buchem et al., 2002を改変)
私たちは日本の石油会社および他大学と連携し,炭酸塩堆積学,地球化学,生層序学の手法を駆使して,まだまだ検討の余地が残されている広域層序対比や炭酸塩プラットフォーム堆積物に記録された地球環境変動の包括的な解明を目指しています.また,炭酸塩岩の貯留岩性状をコントロールする要因についても,堆積・続成作用の観点から研究を行っています.
海洋無酸素事変1a(OAE1a)時の地球環境変動
アブダビ石油(株)との共同研究の一環で,アラブ首長国連邦アブダビ沖の油田で掘削された全長53 mの連続したアプチアン階浅海性炭酸塩岩コア試料の詳細な岩相・生物相記載を行い,高解像度の炭素・ストロンチウム同位体比層序を確立しました(Yamamoto et al., 2013).Menegatti et al.(1998)により提唱された後期バレミアン~前期アプチアンのセグメント区分(C1–C8)に基づいてヨーロッパや太平洋地域のセクションで確立された炭素同位体比層序との対比を行った結果,同コア試料は炭素同位体比の正シフトで特徴付けられるOAE1a(Livello Selli)相当の層位区間とその前後の連続的な層序を記録していることが判明し,下記の興味深い事実が明らかになりました.
(1) 底生有孔虫オルビトリナに富む堆積物の層位区間でOAE1aの開始を示す炭素同位体比の負のシフト(セグメントC3)が認められるが,多くの地域で報告されている短期間のスパイク的なシフトではなく,負にシフトしている期間が比較的長いことが示された.これはメタンハイドレードの短期的な大規模崩壊よりも,オントンジャワ海台で続いた大規模火山活動による二酸化炭素放出がOAE1aを引き起こした主要因であるとする説(Kuroda et al. 2011)を支持する.
(2) Lithocodium–Bacinella(石灰質マイクローブ)に富む層位区間の基底と OAE1aの炭素同位体比の正のシフト(セグメントC4–C6)が始まるタイミングが一致している.同年代のLithocodium–Bacinellaに富む堆積物はアラビア湾南岸の広い地域で確認されていることから,この結果はOAE1aとLithocodium–Bacinellaの広範な拡大が密接にリンクしていることを強く示唆する.OAE1a時に多くの炭酸塩プラットフォームが溺死したネオテチス海北部とは異なり,本地域ではLithocodium–Bacinellaの繁栄により炭酸塩プラットフォームの成長が持続した.
アブダビ沖油田コア試料で確立された岩相層序・同位体比層序・生層序(Yamamoto et al., 2013を改変)
(3) OAE1a時に堆積したオルビトリナやLithocodium–Bacinellaに富む堆積物のSr同位体比は外洋域で報告されている同時期の堆積物の値に比べて高い値を示している.この要因としてアラビアプレート内陸部に露出していた大陸地殻基盤の活発な削剥が考えられる.陸域風化が強まることにより多量の栄養塩が浅海域に流入し,栄養塩濃度の上昇が引き金となってオルビトリナやLithocodium–Bacinellaの生育が促進されたと考えられる.同様のSr同位体比の正シフトが他の地域でも報告されれば,同シフトはOAE1a時の陸域風化作用に起因するグローバルなイベントであることが示され,白亜紀海水のSr同位体比のグローバルカーブが今後改訂される可能性もあり得る.
(4) 炭酸塩プラットフォームの部分的な溺死により生じたバブ堆積盆地(陸棚内堆積盆地)はOAE1a以降に大きく深化し,アラビア湾南岸地域での主要な石油根源岩石の一つである堆積物が同盆地中央深部で堆積した.この石油根源岩の形成要因はOAEのようなグローバルイベントと直接関連するものではなく,同堆積盆地内で起きた海洋密度成層が引き金になったと考えられる.溶存酸素に富む外洋水の影響を強く受ける地域でも,地形的な凹地で海洋密度成層が起きれば石油根源岩が堆積されることが示された.
バブ堆積盆地の発達と石油根源岩の形成メカニズム
これらの研究成果に関しては,大学・石油会社の関係者から多くの興味が寄せられ,討論論文も公表されました(Yamamoto et al., 2014).
炭酸塩堆積物の貯留岩地質的研究
石油・天然ガスの貯留岩として重要な炭酸塩岩は,同じく貯留岩として重要な砂岩に比べると,岩石組織や孔隙率・浸透率などの岩石物性は一般的にかなり不均質です.これは炭酸塩岩を構成する粒子が多様であることや,続成作用により岩石組織が容易に改変され易く,複雑な続成履歴を有していることに起因します.このような炭酸塩貯留岩の不均質性の要因を解明し,岩石物性の空間分布の予測に役立てることは,油ガス田開発に必要な3次元地質モデルを構築する際に極めて重要になってきます.私たちはこれまで,様々な炭酸塩堆積物の岩相解析,XRDや同位体比,微量元素分析による続成作用や結晶成長の履歴の解明に関して知見・経験を積み重ねてきました.このようなアカデミックな側面からのアプローチと,石油業界で長年培われてきた貯留岩地質学の側面からのアプローチを上手く融合させ,炭酸塩岩の貯留岩性状をコントロールしている要因を根本的・包括的に理解する研究を石油会社と共同で進めています.
不均質な炭酸塩堆積物の一例:オマーン北部、ジャベル・シャムスの東方に位置する涸川の谷,ワディ・ムアイディンの下部白亜系Lekhwair層に発達する生物擾乱.ドロマイト化した浸透率の高い充填堆積物(赤褐色部)の一部はカルサイトセメント(白色部)で置き換わっており,非常に不均質な岩相を呈している.
産学連携の推進
日本では地質分野における石油会社と大学・研究機関の連携が諸外国に比べるとまだまだ少ない状況ですが,私たちは石油会社との共同研究を通じて,産学共通の利益になる研究分野の開拓・発展および人材育成に積極的に取り組んでいきたいと考えています.本研究室からはこれまで4名の卒業生が石油会社に就職し,地質技術者として世界を舞台に石油・天然ガスの探鉱・開発プロジェクトに携わっています.
参考文献
✦ Kuroda, J., Tanimizu, M., Hori, R. S., Suzuki, K., Ogawa, N. O., Tejada, M. L. G., Coffin, M. F., Coccioni, R., Erba, E. and Ohkouchi, N. (2011) Lead isotopic record of Barremian-Aptian marine sediments: Implications for large igneous provinces and the Aptian climatic crisis. Earth and Planetary Science Letters 307, 126–134, doi:10.1016/j.epsl.2011.04.021.
✦ Menegatti, A. P., Weissert, H., Brown, R. S., Tyson, R. V., Farrimond, P., Strasser, A. and Caron, M. (1998) High-resolution δ13C stratigraphy through the early Aptian “Livello Selli” of the Alpine Tethys. Paleoceanography, 13, 530–545. doi:10.1029/98PA01793.
✦ Morad, S, Al-Asam, I. S., Sirat, M. and Satter, M. M. (2010) Vein calcite in cretaceous carbonate reservoirs of Abu Dhabi: Record of origin of fluids and diagenetic conditions. Journal of Geochemical Exploration 106, 156–170. doi:10.1016/j.gexplo.2010.03.002.
✦ van Buchem, F. S. P., Pittet, B., Hillgärtner, H., Grotsch, J., Al Mansouri, A. I., Billing, I. M., Droste, H. J., Oterdoom, W. H. and van Steenwinkel, M. (2002) High-resolution sequence stratigraphic architecture of Barremian/Aptian carbonate systems in Northern Oman and the United Arab Emirates (Kharaib and Shu’aiba Formations). GeoArabia 7, 461–500.
✦ Yamamoto, K., Ishibashi, M., Takayanagi, H., Asahara, Y., Sato, T., Nishi, H. and Iryu, Y. (2014) Reply to the comment by Granier on “Early Aptian paleoenvironmental evolution of the Bab Basin at the southern Neo-Tethys margin: Response to global carbon-cycle perturbations across Ocean Anoxic Event 1a”. Geophysics, Geochemistry, Geosystems 15, 2091–2094. doi: 10.1002/2014GC005390.
✦ 山本和幸・石橋正敏・高柳栄子・井龍康文(2014)アラビア湾南岸におけるアプチアン階炭酸塩プラットフォームの発達とその石油地質学的意義.地質学雑誌,第120巻 第1号(口絵).doi: 10.5575/geosoc.2013.0046.
✦ Yamamoto, K., Ishibashi, M., Takayanagi, H., Asahara, Y., Sato, T., Nishi, H. and Iryu, Y. (2013) Early Aptian paleoenvironmental evolution of the Bab Basin at the southern Neo-Tethys margin: Response to global carbon-cycle perturbations across Ocean Anoxic Event 1a. Geophysics Geochemistry Geosystems 14, 1104–1130. doi: 10.1002/ggge.20083.
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