2.シャコガイ類・造礁サンゴ骨格から地球環境の過去・現在・未来を知る
Paleoenvironmental reconstruction of the last several hundred years
using giant clam and coral proxies
はじめに
近年,人類活動起源の温室効果ガスの増加による地球温暖化問題や,エルニーニョ現象によって引き起こされる世界各地での異常気象が,メディアを通じて広く知られるようになってきました.数十年,数百年先の地球環境の将来像を正確に予測することは地球科学の最重要課題の一つであり,その達成のためには,地球の気候を駆動する海洋,特に膨大な熱エネルギーを蓄える熱帯〜亜熱帯海域の過去の動態を知ることが重要になります.しかし,この海域の過去数百年間にわたる海水温や塩分,栄養塩などの海洋データは非常に乏しく,衛星やブイによる海洋観測のモニタリング体制が強化され始めたのは1980年代以降のことです.測器観測以前に遡る有史時代の海洋データの空白を埋めるためには,古文書や海洋のプロキシデータ(間接指標)を利用せざるをえません.
海洋環境の代表的なプロキシとしてサンゴ,シャコガイ,有孔虫,コケムシといった生物の炭酸塩殻に含まれる化学組成が挙げられます.そのなかでも,我々は,熱帯〜亜熱帯の浅海域に広く生息する造礁サンゴに着目し,その骨格中の化学的記録を用いて過去数百年間の海洋環境変動を復元する研究を行っています.
造礁サンゴは海洋環境をモニターする
我々が研究対象としている造礁サンゴは塊状のハマサンゴで,一見ブロッコリのような形状をしています.このサンゴは,木の年輪に類似した骨格を外側へ付加して成長し,生息する海洋環境を様々な形で骨格中に記録していきます.例えば,サンゴの骨格はアラレイシ(CaCO3)よりなりますが,その酸素同位体比の変化は主に海水の温度と酸素同位体比(塩分と相関)の変化に依存します.また,骨格中にはSrやMgなどの金属元素も取り込まれますが,骨格のSr/Ca比やMg/Ca比は水温の指標として有用であると考えられています(浅海ほか,2004).
塊状ハマサンゴは,成長速度が年間約0.5〜2cmと大きく,群体の直径が数mに達する場合があります.すなわち,このような巨大なサンゴ骨格を用いれば,過去数百年間の連続的な海洋環境変化を週〜月単位という高分解能で復元することが可能となります(浅海ほか,2006).
← 造礁サンゴの骨格コア試料の掘削風景.水中ボーリング技術を用いて,サンゴ群体頂部から成長方向にコア試料を掘削する.
↓造礁サンゴ骨格の軟X線写真.年輪に相当する明暗の密度バンドが明瞭に認められる.
グアム島サンゴ骨格に刻まれた古ENSO記録
ENSO(エルニーニョ・南方振動)は,西太平洋暖水塊とその上空の積雲対流活動域の移動と変化,沿岸湧昇や赤道湧昇の変化,熱帯収束帯や南太平洋収束帯の移動などを伴った大気ー海洋場の大規模な変動現象です.世界最大の熱エネルギーを有する暖水塊が存在する海域は,ハドレー循環や黒潮を介して中〜高緯度域へ膨大な熱を輸送し,地球規模の気候変動にも大きく影響を及ぼすので,この海域におけるサンゴ骨格の古気候復元研究は重要な位置づけにあると考えられます.
我々は,西太平洋暖水塊の北部に位置するグアム島から,過去213年間(1787〜2000年)成長を続けてきた塊状ハマサンゴの骨格コア試料を採取し,その酸素同位体比の時系列データを抽出しました.そのデータについて,統計解析を行って,過去210年間のエルニーニョとラニーニャの発生履歴を明らかにしました.さらに,周期解析を行った結果,過去200年以上にわたってENSOの周期性が強い時期と弱い時期があることや,その周期がおよそ3〜8年の間で変化していることが明らかになりました.
グアム島サンゴ骨格に刻まれたその他の気候変動記録
グアム島の塊状ハマサンゴの骨格記録には,ENSO以外にも様々なタイムスケールの気候変動の記録が刻まれています.例えば,19世紀初頭には,サンゴ骨格の酸素同位体比は過去210年間で最も高い値を示しており,この時期にグアム島周辺の海洋環境が特に寒冷であったことを意味しています.この時期には,太陽活動が不活発化しただけでなく,火山活動が活発化したために,地球規模の寒冷化があったことが様々な研究で明らかにされています.本研究の結果はそれらの結果と調和的です.また,西太平洋近海では過去に大規模な火山噴火がいくつかあったことが知られていますが,それらの噴火後の2年以内に,骨格の酸素同位体比が高い値を記録しています.これは,火山活動が一時的に引き起こした表層水温の低下を反映している可能性があります.
サンゴ骨格の酸素同位体比の25ヶ月移動平均データには,数年スケールの変動よりも長いスケールの変動が認められます.周期解析を行った結果,サンゴの骨格記録には15~45年周期の変動が存在することが明らかになりました.よって,この海域にはENSOだけではなく,太平洋の中~高緯度域や中央~東赤道域で顕著に認められる十数年~数十年変動や気候レジームシフトを反映した海洋環境変化が記録されていることがわかってきました.
さらに,この酸素同位体比データは,1790年から現在にかけて,より低い値へ変化する傾向を示しています.この要因は今のところ明らかではありませんが,過去18世紀末以降,西太平洋暖水塊が拡大してきている可能性が考えられます.また,この長期トレンドは,大気二酸化炭素の増加傾向やそれに付随する気温の上昇傾向と類似しています.したがって,グアム島の塊状ハマサンゴの骨格記録は人類活動によって引き起こされた地球温暖化による海洋環境の長期的な影響を評価する点でも,非常に興味深いと思われます.
今後の展望
グアム島の塊状ハマサンゴの骨格には,季節変化からENSOに代表される数年スケールの変動,さらには火山活動や長周期変動など,様々なタイムスケールの気候変動に関する情報が過去200年以上にわたって記録されていることが明らかになりました.私達は,現在,西太平洋域を中心に,様々な海域から採取したサンゴ骨格の同位体比や金属元素濃度の分析を進めています.これによって,過去数百年間のより詳細な古海洋環境変遷史が復元されると期待されます.
サンゴ骨格を用いた古気候復元研究は,復元された水温や塩分の値には常に誤差を伴っているという事実が示しているように,まだ発展途上の段階にあると言えます.これは,サンゴが生物であるが故に,骨格形成のメカニズムが複雑で,骨格記録が必ずしも水温や塩分といった環境因子のみに規制されているとは限らないことによります.しかしながら,サンゴは,測器観測記録を遙かに遡って水温や塩分の時系列データを高時間解像度で提供する可能性を秘めています.我々は,サンゴ骨格記録の古気候プロキシとしての有用性を検討する研究の知見を十分考慮に入れて,研究を進めていく必要があると考えています.
参考文献
✦ 浅海竜司・山田努・井龍康文(2004)サンゴ骨格のMg/Ca比,Sr/Ca比を用いた古水温復元法の現状と問題点.第四紀研究,43,231-245.
✦ Asami, R., Yamada, T., Iryu, Y., Meyer, C. P., Quinn, T. M. and Paulay, G. (2004) Carbon and oxygen isotopic composition of a Guam coral and their relationships to environmental variables in the western Pacific. Palaeogeography Palaeoclimatology Palaeoecology, 212, 1-22.
✦ Asami, R., Yamada, T., Iryu, Y., Quinn, T. M., Meyer, C. P. and Paulay, G. (2005) Interannual and decadal variability of the western Pacific sea surface condition for the years 1787-2000: Reconstruction based on stable isotope from a Guam coral. Journal Geophysical Research, 110, C05018, doi: 10.1029/2004JC002555.
✦ 浅海竜司・山田努・井龍康文(2006)過去数百年間の古気候・古海洋変動を記録する現生サンゴー数年〜数十年スケールの変動と長期変動の復元ー.地球化学,40, 179-194.
✦ Mann et al. (2000) NOAA Paleoclimatology Program and World Data Center for Paleoclimatology, Boulder, http://www.ngdc.noaa.gov/
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