7.琉球列島のサンゴ礁
Coral reefs and shallow-water carbonates in Ryukyu Islands
琉球列島全域での琉球層群の層序の確立を目指して
はじめに
琉球列島に現在のようなサンゴ礁の海が広がったのは,第四紀更新世になってからです.以降,琉球列島の多くの島々で,サンゴ礁から陸棚にかけての一帯で炭酸塩堆積物が形成されるとともに,島の沿岸や陸上では陸源性砕屑物が堆積しました.それらは琉球層群と呼ばれ,琉球列島の島々に広く分布しています.これまで私達は,第四紀気候変動や海水準変動に支配された琉球層群の形成過程の解明に取り組んできました.琉球列島におけるサンゴ礁の成立と発達過程を明らかにすることは,琉球弧の構造発達史や古地理の変遷に伴う生物進化の解明にも大きく貢献できると考えています.
私達は現在も,ハブの恐怖と戦いながら,「第四紀気候変動・海水準変動に対するサンゴ礁の応答」の全容解明に向けて,琉球列島の各島々での調査を行っています.
琉球列島の地質学的背景
琉球列島はアジア大陸の東縁部に位置し,ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込むことにより形成された島弧(琉球弧)です.島々の地質は地域により異なりますが,古生代〜新生代のさまざまな時代の堆積岩,火成岩,変成岩より構成されます.また,海底地形をみると,琉球弧の前弧側(フィリピン海側)には琉球海溝が,琉球弧の背弧側(東シナ海側)には,背弧海盆である沖縄トラフがあります.琉球列島は,吐噶喇ギャップおよび慶良間ギャップと呼ばれる断層により,北琉球,中琉球,南琉球に区分されます.
琉球列島の多くの島々では,活発な造構運動のために,地質学的には新しい時代である第四紀の海成堆積物が広く陸上に分布しています.世界的にみても,第四紀のサンゴ礁堆積物がこれほど広汎に分布する場所は限られており,琉球列島は学術的に極めて重要な地域であると言えます.
琉球層群の研究史
琉球層群の研究が始められたのは,今から100年以上も前に遡ります.これまで多くの研究者により,さまざまな層位学的研究が行なわれてきました.それらは,層序区分の基本概念の変遷をもとに,以下の4つの時期(第I 〜IV期)に分けることができます.
第I期 先駆的研究の時代(第二次世界大戦前)
19世紀後半から20世紀の初頭における日本の地質学の黎明期において,賀田(1885)や矢部・半澤(1930)などの先駆的研究により,琉球列島の陸上にサンゴ礁性石灰岩が広く分布することと,それが隆起サンゴ礁と琉球石灰岩に区分されることが明らかにされました.
第II期 軍事地質の時代(1945〜1960年代前半)
第二次世界大戦後,奄美・沖縄地方は米軍の占領下におかれ,アメリカ合衆国地質調査所により地質調査が行なわれました.Frint et al.(1959)は,沖縄本島の“琉球石灰岩”を下位より,那覇層,読谷石灰岩,牧港石灰岩に区分し,それぞれの関係を不整合としました.このように“琉球石灰岩”が不整合関係で重なるいくつかの石灰岩から構成されていることを根拠に,MacNeil(1960)はその名称を“琉球層群”と改めました.
第III期 地形地質学とその対立概念の時代(1960年代後半〜1970年代)
戦後の沖縄本土復帰前後から,琉球列島の地形と琉球層群の堆積史を,第四紀海水準変動と関連づけて統一的に説明しようとする地形地質的見地からの研究が進みました.そのなかで中川(1967,1969)は,琉球層群は段丘堆積物であると考えましたが,岩相や堆積環境などの検討が不十分だっために,一連の石灰岩が段丘面の境界で異なる地層に区分されるなどの矛盾が生じました.これに対し,沖縄第四紀調査団(1976)や高安(1976a, 1976b)は,石灰岩の岩相層序を重視する立場をとり,琉球石灰岩を,堆積面を残さない“本体型琉球石灰岩”と,その上位の段丘形成に関与した“段丘石灰岩”に大別しました.しかしながら彼らの研究は,従来の地形地質学的層序区分の矛盾を指摘したことに意義がありますが,琉球層群を大規模な堆積盆の埋積物とみなしたことに根本的な誤りがあります.
第IV期 サンゴ礁地質学の時代(1970年代後半〜)
1970年代後半から,琉球層群をサンゴ礁複合体の堆積物としてとらえる観点に立った研究が行なわれるようになりました.Nakamori(1986)は琉球層群の石灰岩の岩相区分を行ない,各岩相の堆積環境を現在の琉球列島周辺海域における生物・堆積物の分布に関する知見に基づいて決定し,それをもとに琉球層群の層序を検討することにより,過去のサンゴ礁複合体の形態および海水準変化にともなう発達過程を復元しました.
岩相層序区分と層序概念
琉球層群の堆積物は,それらを構成する生物遺骸の種類や組成によっていくつかの岩相に区分され,各岩相区分単位の堆積環境は,現在のサンゴ礁における生物相および堆積相との比較によって決定されています.
琉球層群は主としてサンゴ礁複合体堆積物の累積体よりなり,個々のサンゴ礁複合体堆積物は,第四紀の海水準変動に対応して形成された堆積物です.そこで,琉球層群の層序を確立するためには,同層群を構成する石灰岩および砕屑岩の累重関係と空間配置から,低海水準期から海進期を経て高海水準期(さらには海退期)に至る一連の海水準変動に対応して形成されたと考えられるサンゴ礁複合体堆積物を認定し,これを1つのユニットと認定します.
1つのサンゴ礁複合体堆積物(1つのユニット)は,浅海相(水深50 m以浅の堆積物)であるサンゴ石灰岩と,沖合相(水深50 m以深の堆積物)である石灰藻球石灰岩・Cycloclypeus- Operculina石灰岩・淘汰の悪い砕屑性石灰岩よりなります.海水準の上昇とともにサンゴ礁複合体堆積物は次第に島の内陸側に向かってその分布域の高度を増し,浅海相のサンゴ石灰岩は沖合相である石灰藻球石灰岩・Cycloclypeus-Operculina石灰岩・淘汰の悪い砕屑石灰岩の分布域よりも地形的に高所にまで分布します.よって陸域側の地形的高所ではサンゴ石灰岩のみが認められ,それは下位のユニットを構成する石灰岩と不整合関係で接することになります.一方,海側の地形的低所では,堆積時に造礁サンゴが生育可能な堆積深度にまで浅海化しなかったため,沖合相の石灰岩が整合一連の関係で累重します.また,両者の中間に位置する地点では,サンゴ石灰岩の上位に沖合相の石灰岩が整合関係で重なり,この沖合相の石灰岩のさらに上位には,高海水準期〜海退期に形成されたサンゴ石灰岩が載ります.なお,この最上位のサンゴ石灰岩は,多くの場合,無堆積もしくは削剥のためにみられません.
琉球列島全域での琉球層群の層序の確立を目指して
現在私達は,琉球列島における琉球層群の全層序の確立を目指して,熊本大学の松田博貴助教授の研究グループと共同で網羅的な野外調査を遂行中です.現段階では,ユニットレベルでの各島々の層序の対比までには至っていませんが,以下のような地史が明らかになりつつあります.
更新世初期(1.65〜0.95 Ma)
更新世初期には,少なくとも,沖縄本島南部と本部半島北部一帯の地域でサンゴ礁が形成され始めました.しかし,沖縄本島中東部では,依然として石灰質泥岩および砂質石灰岩を主体とする知念層が堆積し,南琉球の波照間島では,島尻層群の泥岩やシルト岩の堆積が継続していました. やがて,前期更新世にサンゴ礁の形成域は大幅に拡大し,沖縄本島以外でも,南琉球の伊良部島や,中琉球の久米島,与論島でもサンゴ礁が形成されたことが確認されています.このようなサンゴ礁形成域の拡大は,陸源性堆積物の影響の小さい浅海域が拡大したことを反映していると考えられ,大陸からの陸源性堆積物をトラップする役割を果たした沖縄トラフの拡大と密接に関係していた可能性が考えられます.
前期更新世の最後期〜中期更新世(0.95〜0.41Ma)
この時期には,琉球列島全体にサンゴ礁が広がり,海水準変動に呼応して,サンゴ礁複合体堆積物が繰り返し形成されました.現在,琉球列島に広く分布する琉球層群の主体をなすのはこの時期の堆積物であり,特に中琉球弧や南琉球弧宮古諸島で厚く発達しています.これらの堆積物の形成開始期は,汎世界的な海水準変動が,前期更新世よりも長周期・大振幅に移行した時期(Mid-Pleistocene Climate Transition)にほぼ対応します.また,黒潮の背弧側への本格的な流入もこの時期であると考えられます.
この時期に形成されたサンゴ礁堆積物はアグラデーショナルな累重様式を示すことから,増幅した海水準変動と基盤の沈降運動により堆積空間が継続的に保持され,サンゴ礁複合体の発達が促進されたものと考えられます.一方,南琉球弧八重山諸島や中琉球弧喜界島では,このに形成されたサンゴ礁複合体の分布は限られており,これは,中琉球弧や南琉球弧宮古諸島とは異なるテクトニックセッティングにあったためだと考えられます.
中期更新世〜後期更新世(0.41 Ma〜)
この時期に形成されたサンゴ礁複合体堆積物は,南琉球や中琉球の島々の一部に分布しています.これらの堆積物は“新期石灰岩”と呼称され,比較的層厚が薄く,オフラップの累重様式を示すのが特徴です.また,0.41Ma以前に形成された堆積物が琉球層群の主体をなす島々では“新期石灰岩”の分布は小規模ですが,南琉球弧八重山諸島や中琉球弧喜界島では,“新期石灰岩”に相当するサンゴ礁複合体堆積物が広く分布しています.“新期石灰岩”は,その分布や累重様式から隆起運動の影響下で形成されたと考えられます.
琉球列島に分布する上部新生界の年代および対比.Iryu et al. (2006)を改変.
琉球サンゴ海の成立
これまで長い間,琉球列島にサンゴ礁が形成され始めたのは約60〜70万年前の更新世中期以降であると考えられてきました(例えば,Koba, 1992;Ujiie, 1994).しかしながら,近年,1 Maを超える年代値を示す石灰岩が琉球列島のさまざまな地域で報告されるようになりました.私達は,秋田大学の佐藤時幸教授との共同研究により,沖縄本島本部半島北部に分布する琉球層群古宇利島層の石灰質ナンノ化石生層序年代を検討したところ,同層の基底部の年代値は,これまで報告されている琉球層群の年代値の中で最も古い1.45-1.65 Maであることが判明しました.このことから,琉球列島におけるサンゴ礁の形成開始期は更新世初期にまで遡ることが明らかとなりました.
島尻層群の“泥の海”から琉球層群の“サンゴ礁の海”への転換のダイナミクス
沖縄本島中南部には,知念層と呼ばれる地層が分布しています.この知念層は,層位学的に島尻層群と琉球層群の間に位置し,岩相も石灰質泥岩・砂質石灰岩相という両者の中間的特徴を呈することより,琉球列島周辺海域が,島尻層群で代表される泥質堆積物が堆積する環境から,琉球層群によって示されるサンゴ礁が広がる環境へと変化を遂げた時期や要因を解明するための重要な堆積物です.近年,詳細な岩相記載と石灰質ナンノ化石による年代決定により,以下が明らかになりました(中川ほか,2001;佐藤ほか2004;小田原ほか2005).
1)知念層の堆積年代は後期鮮新世から前期更新世の範囲であり,沖縄本島南西部でより古く,
中東部でより新しい傾向にあること
2)島尻層群から知念層へ,また知念層内での岩相変化の時期が地域間で大きく異なること
3)島尻層群と知念層との間の堆積間隙は,近接した場所においても層準と規模が大きく異なること
これらのことから,沖縄本島一帯では,漸新世末期から更新世初期のわずか数十万年という比較的短い期間に,それまでの泥質堆積物が堆積する場(島尻層群堆積時)から,浅海化と共に,次第に陸源性砕屑物の供給量の減少と粗粒な浅海性生物源堆積物の供給量の増加が進行し(知念層堆積時),造礁サンゴの生育に適した清澄な暖浅海(琉球層群堆積時)へと堆積環境が変化したと考えられます.このような劇的な海洋環境変化は,おそらく沖縄トラフの拡大に関係していると思われますが,“サンゴ礁の海”を生み出した浅海化のタイミングは沖縄本島内でも地域間で著しく異なることが明らかになりました.
琉球列島における古地理変遷と生物進化
琉球列島は「東洋のガラパゴス」とも呼ばれ,島々には多様な生物が生息しています.それらには琉球列島に固有の種が多く含まれており,各島々における生物の分布や種構成の違いは,その島がどのくらいの時間,他の島から隔離されていたのかに大きく依存します.このことは,琉球列島における生物進化が,琉球弧の構造発達史や第四紀海水準変動と密接に関連していることを意味します.これまで,多くの地質学者や古生物学者は,第四紀には琉球列島はユーラシア大陸と陸続きになる時期が複数回あり,陸橋を伝って大陸から生物が渡来したと考えていました.これに対して近年,琉球列島に分布する陸生の爬虫類・両生類の分布パターンや,ハブの系統解析を行なった生物学者からは,沖縄本島を含む中琉球弧は,少なくとも鮮新世以降,大陸と陸続きになることは一度もなかったという結果も報告されています(Ota, 1998; Tu et al., 2000).
私達は,沖縄本島本部半島北西部において掘削された琉球層群のコア試料の岩相および石灰質ナンノ化石層序を検討しました.その結果,琉球層群の堆積が更新世初期の1.45-1.65 Maから始まり,少なくとも0.85以降まで継続したことが明らかになりました.コア試料には,浸食面と判断されるような不連続面や,陸橋の形成を示唆するような干出面は認められなかったことから,本部半島周辺は,少なくとも前期更新世を通じてサンゴ礁が形成される環境が維持されたことを明らかにしました(Yamamoto et al., in press).この結果は,従来の地質学者・古生物学者の見解よりも生物学者の見解と調和的です.私達は,今後も,琉球列島における古地理変遷と生物進化の関係を琉球層群の層序の解明を通じて検証していきたいと考えています.
参考文献
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